フィジー

あなたもフィジーにいけばモテモテ!?語学留学経験者が現地での恋愛体験を赤裸々にご紹介

フィジーマジック

その当時、語学学校内で「フィジーマジック」が流行っていました。

いわゆる、フィジーに語学留学に来た日本人同士、又はローカル、その他外国人と常夏の楽園ムードの中恋愛に発展しやすいというものでした。

当時、大学3年生だった私ですが、3年間でほとんど恋愛関係に発展することがなく、正直恋愛に関しては消極的でした。

そんな私でも、フィジー滞在10ヶ月間で2回、恋愛関係に発展することができましたので、皆さんもルックスや経験などを一旦無視して読み続けていって欲しいなと思います。

1つ目は同じタイミングでフィジー留学にきた同期で、1つ年下の大学生のHさんです。

2つ目は、語学学校に隣接する小学校で保健の先生をしていた、私より2つ年上のフィリピン人のSさんです。

この2つのエピソードに関して、詳しく解説していきたいと思います。

 

日本人女子大生との出会い

1つ目は日本人大学生のHさんとのエピソードです。

当時、同じタイミングでフィジーに来た同期とは、平日のランチや放課後の町探検、バーやナイトクラブなど頻繁に探検していました。

休日は、マナ島やマラマラ島、ヤサワ島などのリゾートの島へ一緒に旅行し、ビチレブ島(本島)とは違ったリゾートムードの中ビーチで泳いだり、海鮮料理を味わったり、夜は満点の星空の下、ファイヤーダンスを見たりと本当に楽しく過ごしました。

そんなムードの中、ひとつ年下で同じ大学生のHさんとも仲良くなり、気がつけば自然とお付き合いがスタートしていました。

これぞまさに「フィジーマジック」です。

一般的に考えて見ても、若い学生の男女グループが星空満点の下で、お酒が入りながら夜な夜な語り合うと自然とそうなってしまうものも無理はありません。

私の同期は10名ほどいましたが、その中で自分を含めて計3組カップルが誕生し、同期以外のお付き合いも含めて、男1名以外、皆何らかの男女関係を築いていました。

そのモテない男が本当に面白くていい奴だったので、個人的によく二人で飲みに行っていたのを思い出します。

Hさんは英語のレベルは、私よりも上級であった為、例えばランチをしている時など、私の場合は勢いで欧米の人に話かけるのですが、途中で会話が続かなくなると彼女がフォローしてくれるといったとても頼もしい存在でした。

逆に私は泳ぐのが得意であった為、シュノーケリングで珊瑚に群がる熱帯魚を見る際になど、息継ぎのタイミングや水中への潜り方などを得意げに教えていました。

しかし、そんな恋もつかの間、実は僕以外の同期はほとんど1〜3ヶ月の留学プログラムだったのです。

その為、Hちゃんも2ヶ月のプログラムを終えて帰国してしまうと、お互いに恋愛感情が冷めてしまうのも早く、「フィジーマジック」の効力が日に日に薄れ、結局最後は向こうから振られて呆気なく終わってしまいました。

Hさんや同期の帰国は、その後の私のフィジー留学生活に大きな変化をもたらしました。

以前から、語学学校内で実施していたEOP(English Only Policy)があり、学校敷地内は英語の使用以外の言語は一切禁止というルールを、学校の外でもこれをポリシーとして、日本人との関係をできる限りシャットダウンしようと考えたのです。

周りからは、「失恋のせいで頭がおかしくなった」と言われましたが、私は否定はしませんでした。

「恋愛」のパワーを一生裏切る事のないであろう「英語学習」にシフトしたのです。

考えてみれば、同期がいる間は英語学習にコミットしていた訳では無く、日々の娯楽が中心となっていまい、自分の英語のレベルがほとんど変わらない事にモヤモヤ感をどこかで感じていたのは事実でした。

それから語学学校以外は、クラスイベントなどが無い限りは、ほとんど日本人のコミュニティにいることはありませんでした。

放課後は、語学学校に隣接した小学校の子供たちとフィジーの国技であるラグビーで体を動かしながら、日々簡単な日常英会話を学んでいました。

 

フィリピン人女性との出会い

2つ目は、フィリピン人のSさんとのエピソードです。

日々EOPを愛する私に、またもや恋愛の転機が突如やってきたのです。

いつものように子供たちと放課後グラウンドでラグビーをして遊んでいると、体形がすらっとしたアジア系の女性が、男の子の手を引いて、グランドの近くを歩いていたのです。

ラグビーを始めた当初はプレーに夢中で周りが見えなかった私ですが、徐々に慣れてくると周りが良く見えるようになった為、Sさんを見つける事ができたのだと思います。

翌日もその翌日も、同じ時間に見かけたこともあり、思いきって英単語を羅列させただけの、たどたどしい英語で頑張って声をかけてみました。

すると、半年くらい前から保健の先生としてフィジーの小学校に勤務しており、甥がその小学校1年生として通っているとのことで、いつも放課後は一緒に帰宅しているとの事だった。

年齢は、当時の私が大学生だった為、Sさんが2つ年上でした。

とても落ち着いた性格で、若干フィリピンなまりの英語で、性格は少しシャイな一面もあり、本当に魅力的な女性でした。

彼女は私の英語スキルに合わせて、ゆっくりと簡単な英単語を使って話しかけてくれました。

その後、放課後のちょっとした会話だけではもの足りず、昼休みも毎日彼女のもとへ通い一緒にフィジーの青空の下で、近くの売店で買ってきたキャッサバの揚げ物やソーセージ、パン、スパゲティなどをピクニック気分で、一緒に食べながら楽しい時間を過ごしました。

小学校の周りの先生たちも、いい感じに冷やかしてくれていたので、それが自分の恋愛に対する消極的な壁を打ち壊してくれました。

放課後も、近くのカフェでプライベートレッスンをしてくれました。

その甲斐もあり、英語スキルが恋愛によって驚くほど向上し、一番下のビギナーレベルから半年ほどでアドバンスまで達成する事ができました。

この急成長は自分よりも周りの人たちが驚いており、自然と私を真似て学校の外でもEOPを実施する学生が現れたほどでした。

休日は、Sさんの甥が喜びそうな地元の本当に小さな遊園地でデートしたり、ハッピーセット目的でマクドナルドに行ったり、学校のすぐ向かいにある甥が大好きなビザ屋に通っていました。

また、Sはカトリック教徒であった為、毎週日曜日は教会へ通っていました。

私もSと同じ教会に参加したかったのですが、私のホストファミリーがプロテスタントで宗派が異なっている事を配慮して、Sさんからはホストファミリーとの良好な関係づくりの為にも、ホストファミリーの教会へ通う事を推薦されました。

その週の日曜日からは、前日のお酒を一切辞めて早朝からホストファミリーと教会に通う事にしました。

教会では、ホストマザーの家族を中心に聖歌を歌ったり、楽しくダンスをしながら日常生活がフィジースタイルに変化していくことを実感しました。

単純に生活習慣が変わった事もあり、この頃から良い生活サイクルが出来上がりつつありました。

この時から、語学学校以外での生活がかなり充実し、ローカルの人たちの積極的に交流できたのもあり、私の英語のレベルは驚くほど上達していきました。

その為、私はその自信を持って新たな挑戦をしようと決意しました。

それは、語学学校卒業後に隣国のオーストラリアでワーキングホリデーを3ヶ月ほど経験して帰国するというものでした。

早速、語学学校の先生に相談したところ、近くでオーストラリア人がよく通うバックパッカーハウスがあるので、そこで仲良くなり現地の情報を収集したらいいのではと提案がありました。

その為平日は、その場所に通いたまたま敷地内にバレーボールコートがあったので、そこで体を動かしながら積極的にコミュニケーションを取り、現地の有力な情報を入手する事ができました。

既に、頭の中はオーストラリアでのワーキングホリデーでいっぱいだった私は、Sさんとの約束をすっぽかすようになり、関係は徐々に遠くなっていきました。

それからSさん自身も、アメリカが中心となっている保健に関する国際ボランティア活動に注力していました。

オーストラリア行きの最後の日まで、自分の向上心を理解してくれたSさんに本当に感謝しています。

自分で語るのは恥ずかしい2つのエピソードでしたが、もし「ここ参考になった!」というところが一つでもあれば本当に嬉しい限りです。

 

最後に

今でもそうですが、恋愛は人を本当に夢中にさせます。

自分が大好きになった人をもっと理解したいし、その人にもっと自分を知って欲しいと懸命に英語学習に励むことができました。

皆さんも是非「フィジーマジック」で特別なフィジーライフを過ごして見ませんか!

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